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札幌地方裁判所 昭和58年(ワ)2248号 判決

原告 株式会社 甲田

右代表者代表取締役 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 猪股貞雄

被告 平和生命保険株式会社

右代表者代表取締役 武元忠義

右訴訟代理人弁護士 山下卯吉

右同 竹谷勇四郎

右同 福田恆二

右同 金井正人

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金六〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五三年一月一日、生命保険業を営む被告との間において、当時の原告会社代表取締役訴外甲野太郎を被保険者とし、死亡保険金受取人を原告とする次の二つの生命保険契約を締結した。

(一) 証券番号を第一一八三七七六号とする生命保険契約(以下「旧保険(一)」という。)

保険種類 総合保障特約付精算配当付定期保険

保険金額 五〇〇〇万円

保険期間 昭和五三年一月一日から昭和五七年一二月三一日まで

(二) 証券番号を第一一八三七八四号とする生命保険契約(以下「旧保険(二)」という。)

保険種類 災害保障特約付精算配当付定期保険

保険金額 五〇〇〇万円

保険期間 昭和五三年一月一日から昭和五七年一二月三一日まで

2  原告は、右各保険期間の満了となる日の翌日である昭和五八年一月一日に、被告との間において、前記甲野太郎を被保険者とし、死亡保険金受取人を原告とする次の二つの生命保険契約を締結した。

(一) 証券番号を第一六〇二八九三号とする生命保険契約(以下「新保険(一)」という。)

保険種類 無配当定期保険

保険金額 五〇〇〇万円

保険期間 昭和五八年一月一日から昭和六二年一二月三一日

(二) 証券番号を第一六〇二八九四号とする生命保険契約(以下「新保険(二)」という。)

保険種類 無配当定期保険

保険金額 五〇〇〇万円

保険期間 昭和五八年一月一日から昭和六二年一二月三一日まで

3  右各生命保険契約における被保険者甲野太郎は、昭和五八年九月三〇日に自殺により死亡したが、右の各生命保険契約においては、契約日から一年以内に被保険者が自殺したときには、保険金を支払わないとする約款(旧保険(一)(二)については主約款第一六条第一項(1)、新保険(一)(二)については約款第一七条第一項(1))があるところから、被告は、新保険(一)(二)に関する前記約款第一七条第一項(1)の事由に該当するとして保険金の支払をしない。

4  たしかに、被保険者甲野太郎の自殺は、新保険(一)(二)の契約締結日である昭和五八年一月一日から起算すると、一年以内に自殺したときにあたるが、次の理由によって、前記約款における契約日は、旧保険(一)(二)の契約締結日である昭和五三年一月一日とみるべきであるから、被告は、右の約款によって、死亡保険金受取人である原告に対する保険金の支払を免れない。

(一) 新保険(一)(二)と旧保険(一)(二)における約款の内容を対比すると、後者が精算配当付であるのに対し、前者は無配当であることに由来する相違を除き、内容的には、両約款は、全く同一であるうえに、個別的保険契約の内容をみても、保険契約において最も重要な死亡保険金額は、各保険契約を通して五〇〇〇万円と同一であるから、新保険(一)(二)は、旧保険(一)(二)と実質的に同一である。

(二) 新保険(一)(二)に関する無配当定期保険普通保険約款第一七条が、自殺の場合における保険金支払の免責を規定した趣旨は、自殺の決意をした者が、その決意の実現によって保険金を取得する目的で保険契約を締結することを防止するためのものであり、また免責される自殺を契約締結日から一年内になされたものに限定したのは、通常人は、一年間も同一の自殺の意思を持ち続けることができないと考えられるからである。

ところで、新保険(一)(二)の契約締結時における原告代表者であり、かつ被保険者である訴外甲野太郎は、昭和五三年一月一日から五年間、自殺の意思を有していたわけではなく、旧保険(一)(二)の生命保険契約は、無事、それらの保険期間の満了を迎えたものであって、新保険(一)(二)の生命保険契約を締結するに際しても、自殺の意思があったものとは認められないから、本件の場合は、前記約款が排除しようとする自殺の決意をもってする保険契約の締結には該当しない。

(三)(イ) 旧保険(一)(二)に関する精算配当付定期保険普通保険約款第七条には、契約更新の規定があり、保険期間満了の日の二か月前までに契約者が更新しない旨の申出をしない限り、保険契約は当然に更新されるものとされており、また、契約が更新された場合には、保険金の支払の規定の適用上、更新前の保険期間と更新後の保険期間は継続しているものとして取扱われ、自殺の場合の免責約款(旧保険(一)(二)に関する約款第一六条第一項(1))における一年の期間は、旧保険(一)(二)の契約締結日から起算されることとなる(右約款第七条第六項)。

(ロ) ところで、本件においては、契約を更新しない旨の申出をしたうえ、新保険(一)(二)の生命保険契約を締結したものではあるが、新保険(一)(二)の各契約をなした当時の原告会社代表者訴外甲野太郎としては、前記(一)で述べたごとく実質的に同一の契約内容であることに徴しても契約を更新することとかわらぬ意思で契約をなしたものとみるべきであるから、本件の死亡保険金の支払については、旧保険(一)(二)の各契約を更新した場合と同様の取扱をすべきである。

《以下事実省略》

理由

一  請求の原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがなく、これら争いのない事実と《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(一)  訴外甲野太郎は、原告の代表者として昭和五三年一月一日、被告との間において、いずれも、死亡保険金受取人を原告とし、被保険者を右甲野太郎とする二つの保険契約(旧保険(一)(二))を締結した。旧保険(一)(二)の保険の種類、保険金額、保険期間等は請求の原因1(一)(二)のとおりであり、旧保険(一)の保険料は月額三万〇八五〇円で、特約として、五〇〇万円の総合保障特約(傷害特約、総合入院特約、手術給付金付疾病入院特約)付であり、旧保険(二)の保険料は月額二万八九五〇円で、特約として、五〇〇万円の災害保障特約(傷害特約と災害入院特約を合わせたもの)付であった。

(二)  旧保険(一)(二)の満了の日前である昭和五七年一二月、被告会社の取扱者である米谷ミサは、原告会社の代表者である訴外甲野太郎に対し、旧保険(一)(二)の各生命保険契約を更新するよう説得したところ、訴外甲野太郎は、配当が少ないとの理由で更新を渋り、他社の保険に加入する意向を示し、結局、同人は原告代表者として、昭和五七年一二月一八日、旧保険(一)(二)についての契約更新不承諾申出書を被告に提出して、契約の更新をしない旨申出た。そこで、右米谷は、更に、無配当定期保険への加入を説得した結果、昭和五七年一二月二三日、原告の代表者として、訴外甲野太郎は、いずれも、死亡保険金受取人を原告とし、被保険者を甲野太郎とする二つの保険契約(新保険(一)(二))の申込をした。新保険(一)(二)の保険種類、保険金額、保険期間等は請求の原因2(一)(二)のとおりであり、新保険(一)の保険料は月額三万五〇〇〇円であり、新保険(二)の保険料は、月額三万七九五〇円である。

(三)  右甲野太郎は、右の契約申込に伴って昭和五七年一二月二三日に、新たに告知書を作成したうえ、同年同月二七日、医師角掛二三による検診を受けたが、右の各手続は、旧保険(一)(二)に関する約款第七条第六項の規定により、旧保険(一)(二)を更新する場合には不要とされるものであった。そして、右の各手続が終了したのち、旧保険(一)(二)の保険期間満了の日の翌日である昭和五八年一月一日に、原告と被告との間において、新保険(一)(二)の生命保険契約が成立した。

(四)  旧保険(一)(二)の契約を更新した場合の保険料は旧保険(一)が月額三万九五五〇円であり、旧保険(二)が月額三万七四五〇円(乙第三号証の一、二)であって、新保険(一)(二)の保険料の月額合計である七万二九五〇円より、合計で月額四〇五〇円高くなるものと見込まれる。

(五)  旧保険料(一)(二)に関する約款第二九条には、「三年以上継続してこの契約の被保険者であった者は、保険期間満了または解約の日から一か月以内であれば、この契約の保険金額の範囲内で、会社の定めるところにより、この保険以外の保険に加入することができます。」と規定されており、「他保険への加入」(コンバートと称される。)を認めてはいるが、支社事務取扱要項の第一一項(右約款にいう「会社の定めるところ」に該当する。)によれば、ここで加入が認められる他保険とは、養老年金、終身年金、奥様年金保険の三種に限られていて、無配当定期保険は含まれていない。

(六)  被告は、昭和五八年一月三一日、原告に対し、旧保険(一)(二)の精算配当金九万四八五四円を支払った。

二  ところで、商法第六八〇条第一項第一号は、被保険者の自殺の場合には、保険者は、保険金の支払を免責されるものと定めているが、これは、生命保険契約が、射幸契約としての性質をも有するところ、一般に射幸契約においては、偶然の事実の経過によって事を決することをその本質とするのであるから、故意に危険を生ぜしめてはならないことは、契約上要請せられる信義誠実の原則として当然のことであり、また、自殺の場合にも保険金を支払うものとすれば、生命保険契約が不当の目的に利用され、保険契約上の危険が予測不可能なものとなって、生命保険制度の維持が困難となるので、かかる事態を防止しようとする趣旨によるものである。

本件における各生命保険契約に関する各約款の定めも、右の法の趣旨を受けたうえ、個々の場合の被保険者の自殺の目的を究明することが困難であることに鑑み、契約締結後一年以上経過してからの自殺の場合には、保険金取得をその主要な目的とした自殺ではないと推定できるとの前提に立って、保険金を支払う扱いをするものである。保険金支払の対象とするか否かを個々具体的に、自殺の目的を実質的に審査したうえで判断するのではなく「類型的・画一的」に定めたのが、各約款の趣旨であって、いずれも合理的なものとして承認されるべきであるから、請求の原因4(二)における原告の主張は採用できない。けだし、この点の原告の主張は、被保険者である訴外甲野太郎の自殺の目的あるいは契約時における自殺の意思の有無を実質的に判断して、保険金支払の当否を決しようとするものにほかならず、それは右にのべた新保険(一)(二)に関する各約款の趣旨に反するからである。

三  次に、旧保険(一)(二)と新保険(一)(二)との間に、類型的な同一性を認め、新保険(一)(二)に関する約款所定の一年の期間の起算日を旧保険(一)(二)の各保険契約の締結日とみる余地があるか否かについて言及するに、旧保険(一)(二)と新保険(一)(二)とは、前記認定のとおり(イ)前者が配当付であるのに対し、後者は無配当であること、(ロ)旧保険(一)が総合保障特約付、旧保険(二)が災害保障特約付であるのに対し、新保険(一)には特約がなく、新保険(二)は総合保障特約付というように特約の有無及びその内容も異なること、(ハ)保険料も、旧保険(一)(二)の保険契約が更新されたとした場合に比して、新保険(一)(二)の保険契約の月額合計の保険料は、四〇五〇円程度安くなることなどの著しい差異があるうえに、原告の当時の代表者であった訴外甲野太郎は、契約更新不承諾申出書を作成提出して、積極的に旧契約(一)(二)の契約の継続を拒否し、新保険(一)(二)の契約締結にあたって、新たに告知書を作成したうえ、検診を受けたことなどの前記認定事実を総合すると、旧保険(一)(二)の保険契約と新保険(一)(二)の保険契約との間に到底同一性を認めることはできない。この点の原告の主張は独自の見解に基づくものであり、採用し難い。したがって、被告において被保険人の自殺が、新保険(一)(二)に係る約款第一七条第一項(1)の規定する免責事由に該当するとして原告に対する死亡保険金の支払をなさないことに何ら誤りはなく、原告の主張は失当である。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舟橋定之 裁判官 西謙二 齊木敏文)

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